プラネタリーヘルスダイエット普及ための検討課題
はじめに
プラネタリーヘルスダイエットは、2019年にEAT–Lancet委員会が提唱した、人の健康と地球環境の持続可能性を同時に達成することを目指す食事モデルです。この食事法は、植物性食品を中心に据え、赤身肉や超加工食品の摂取量を抑える構成を取っています。プラネタリーヘルスダイエットの具体的な内容については、別の記事で説明をしています。
本記事では、プラネタリーヘルスダイエットを実際に社会実装するにあたり、どのような課題があるかを整理します。近年、プラネタリーヘルスダイエットの推進にあたり、様々な示唆のある論文が出ていることから、これらを踏まえ、プラネタリーヘルスダイエットを効果的・効率的に普及させていくためにどのような点に留意する必要があるのかを整理します。
環境負荷低減効果の捉え方
まず、プラネタリーヘルスダイエットの特徴の1つである環境負荷の小ささについて、地域の農業条件や供給網に左右される可能性があると指摘されています。例えば、シンガポールの中国系住民を対象とした長期コホート研究では、プラネタリーヘルスダイエット遵守度が高い人ほど温室効果ガス(GHG)排出は低かった一方で、水使用量と土地利用は増加する傾向が示されました。これは、果物・乳製品・野菜・豆類の消費量が多くなることから、水の使用量と土地利用がより多くなる傾向にあるためと説明されています。
また、中国の縦断研究でも、プラネタリーヘルスダイエット型食事への移行はGHG排出量と土地利用を減らす傾向が示されたものの、その効果は控えめと評価され、かつ水利用の減少との間に関連性は認められなかったことが指摘されています。
こうした結果は、食事パターンだけではなく、その原料が生産・流通過程にも着目する必要があることを示しています。例えば、灌漑に依存した農業地域では植物食品の生産過程で多くの水が利用される可能性が高くなります。また、輸入に依存した食品の場合、輸送に伴うGHG排出などが増える可能性があります。実際、プラネタリーヘルスダイエットへの移行によって、世界的なGHG排出量は減少するものの、中低所得国では農業由来のGHG排出量が12~283%増加すると指摘する研究もあります。
つまり、プラネタリーヘルスダイエットを推進しても、環境負荷を低減する効果は一律普遍のものではなく、地域ごとの農業技術、気候、水資源、物流体制などを総合的に評価する必要があります。
コストとアクセスの問題
別の課題として、プラネタリーヘルスダイエットの中心となる果物、野菜、ナッツ、全粒穀物が、多くの地域では高価格である点にも注目する必要があります。先ほど紹介した中国の大規模調査では、プラネタリーヘルスダイエットの遵守度が高いほど食費が上昇することが示されました。これは低所得層にとって実践の障壁となり、プラネタリーヘルスダイエットの推進が、かえって健康格差・栄養格差を拡大させる可能性すらあります。
この点について、2025年に公表されたEAT–Lancet報告書では、果物・野菜への補助金や赤身肉への課税など、政策的手段を組み合わせる必要性を指摘しています。これは、プラネタリーヘルスダイエットを広く普及させるには、市場メカニズムに依拠するのでなく、社会政策、農業支援、価格調整を含む包括的な制度設計が前提条件となることから、社会的・経済的・政治的なハードルをどのように乗り越えていくのかも課題となりえます。
文化・地域適合性の課題
プラネタリーヘルスダイエットは世界共通の参照モデルとして設計されていますが、各地域の食文化と必ずしも一致するわけではありません。例えば、牧畜文化圏では動物性食品が伝統的な主食となり、寒冷地域では植物栽培が制限されます。こうした背景を考慮しないまま一律にプラネタリーヘルスダイエットを普及させようとすると、特定のコミュニティから大きな反発を招く可能性があります。
中国で実施されたコホート研究においても、プラネタリーヘルスダイエットが動物性食品や加工食品の消費量が多い欧米の集団に依拠したコンセプトであることを踏まえ、その知見が欧米以外の地域や低中所得国に適用可能であるかは検討すべき課題であることが示されています。また、同研究では、中国と西洋諸国では、プラネタリーヘルスダイエットスコアが低い理由が異なっている(中国では炭水化物豊富な食品の摂取量が高い傾向にあり、西洋諸国では多くの動物性食品を摂取している傾向がある)ことも指摘されています。
このような食生活や文化等の違いにも留意しながらプラネタリーヘルスダイエットの普及を考えていく必要があります。
健康面でのいくつかの懸念
人の健康への効果の観点からも、疑問が呈されているポイントがあります。それは、鉄、亜鉛、ビタミンB12、カルシウムなどの一部栄養素が不足する可能性があるとの指摘であり、中でも、生殖年齢の女性における鉄は必要量の55%しか供給できないことから、動物性食品を増やすなどの提案がなされています。
疫学的な研究では、プラネタリーヘルスダイエット遵守と特定疾患との関連性を調査するものは多くみられますが、具体的にどの程度栄養素が摂取できているかについて、十分な評価がなされていない可能性があります。そのため、現実の食事指導では、サプリメントの使用といった補完策が必要になる場合があります。
また、妊娠期のプラネタリーヘルスダイエットへの過度な依存は胎児発育と長期健康に重要な影響を与える可能性が指摘されています。アメリカのコホート研究では、妊娠初期にプラネタリーヘルスダイエット遵守度が高い母親の胎児で、推定胎児体重、頭囲、上腕脂肪体積率、腹部測定値がより大きい傾向が観察されたことが報告されています。この知見は観察研究に基づくものであり、因果関係が確立されたものではありませんが、妊娠期にプラネタリーヘルスダイエットをそのまま適用することに関する踏み込んだ研究が必要といえるでしょう。
おわりに
この記事では、プラネタリーヘルスダイエットに関するいくつかの課題を概観しました。ここまで読んで、プラネタリーヘルスダイエットの効果に不安を感じた方がいらっしゃるかもしれませんが、プラネタリーヘルスダイエットが健康面で利益をもたらしうる食事法であることは、多くの研究で支持されています。そのため、この記事でも、プラネタリーヘルスダイエットが慢性疾患予防の観点から有用な食事モデルであることを否定するものではありません。
重要なのは、「良い」「悪い」という単純な二元論ではなく、プラネタリーヘルスダイエットをどのように世界各地の実情に応じて適応させながら普及させていくかに焦点を当てた議論を進めることです。具体的には、環境負荷、コスト、文化、栄養、安全性という複数の要素を統合的に議論した上で、地域ごとに最適化されたプラネタリーヘルスダイエットを設計する必要があるといえます。日本における研究でも、プラネタリーヘルスダイエットの移行による食と医療由来のGHG削減効果を解析する研究が進められていますが、こうした研究を積み重ね、日本にとってどのようにプラネタリーヘルスダイエットをローカライズするべきか議論が進むことを期待します。
このコホートはPHD遵守するとこういう結果だったということが新しい知見であったぐらいで良いのではと思います。それ以上のことは言えないかなと思いました。なので、”これは胎児体組成の変化を示唆しており、その胎児が将来代謝に関するリスクを持つことと関連するのではないかとの懸念が示されています。”の部分は削除しても良いかなと思います。
